先人達の言葉
私達の街には、永年そこに住む商店主達の集まりがあります。毎月例会があり夕食を共にしながら情報交換をする場です。先日も「自分の頭で考え、実行した事は上手くいったためしがない」と誰か。
自分の体験より朝方ふと閃いたこと、感じたことの方が得てして上手くいく事を皆さんも思い当たることがあるのではないでしょうか?私も長く人間をしていますと、昔の人達が諺とか格言で残してくれた言葉の中にそのヒントが残されている事に気付かせられます。私達は先人が体験してきたことからを、言葉として残してくれているものをもう一度見なおし、その謂わんとすることに気付く必要があるのでは、と思っています。
永年、住まいづくりをさせて頂いてますが、やはりその様な言葉が残っています。「日の入る家には医者いらず」「会話のはずむ家庭には嘘がない」はその代表。前者の日とは、太陽の朝日に多く含まれると云う紫外線が室内に入ることによって、空気中に漂うバイ菌(風邪のウイルス等)が殺菌され、空気がキレイになり病気にかかりにくいと云う事です。
又、後者は分かりやすいと思いますが、家族の集まる食堂、台所を居心地良い場所にしてあげる事、例えば大きなテーブル(ムクなら尚よい)を囲む事で皆んなの顔を見渡しながら一家団欒がもたれ、自然と会話が弾みます。
このように、自分の頭で考えなくともこれまで先人達が、苦労、体験した言葉の中に多くの知恵が残されています。これらを活用しないと云う事は大変もったいない事だと、最近思うのです。
皆様も先人達の言葉を紐解き、ご覧になると、周りで起きている事の解決の糸口になるかも知れません。
(H23.12)
大震災に思う
この度の大震災に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。
震災より1ヶ月が過ぎて福島県田村市の友人から手紙を頂きました。彼はようやく元の生活に戻ったと書いてきていますが、彼の母親は原発のお膝元、大熊町の出身で、そこには親戚知人が数多くおられるとのことです。彼の文面からは、苦悩が痛いほど伝わってきます。それでも彼は「鳥は飛ばねばならぬ、人は生きねばならぬ」ことに気づき、人間は自分が想像するよりきっと強い生き物かも知れない、いや、きっとそうだと思う。そうでなければ過去の幾多の災害や困難に耐え、現在まで命を繋げて来られなかったと思い、この困難も必ず乗り越えられる。と、そう信じて、今出来ることに集中して真剣に取り組んでいるとの事です。そして、尚、彼は微力ですが被災された方々のお役に立ちたいと思っているとの言葉で文章を結んでいます。
この彼の苦悩を癒すことは私には出来ませんが、彼の教訓を無にすることのない行動をする事が、彼から送られて来たメッセージに応える事になるのでは、と思います。私は今、自分の仕事「幸福を生む住まい」の住宅づくりを通して、彼の思いに応えていければと思っています。
私たちの先生の言葉をお借りして申し上げるなら、心と道具を使う知恵を神から特別に与えられ、自然の中で動物と植物と共存し仲良く生きて行くよう“生”を与えられました。しかし、人間は神の意志に背き、地球上を我が物顔で荒らし回り、他の動物や植物を迫害し、人間社会だけが絶対であるかのように思い上がり、皮肉にもその知恵と財力をもって自己破壊を続けていると云われています。
私たちは、次のような質問をすることがあります。
(ご要望のプランを見て)
「この家の居間は夏が暑いですよ。それに、この寝室は冬が寒いです。よろしいですか?」
すると返ってくる答えが
「夏はクーラーをつけるし、冬はセントラルヒーティングにすれば問題ないでしょう」
このような話を聞くと、この方は自然の恵みの有り難さを知らないのか、エネルギー問題に全く関心がないのか、いつまでも現在の収入があると思っているのか、それとも人間の健康と自然の関係を無視なさっているのか、「そのどれだろう?」と考え込んでしまいます。
いや、もう一つ、現代社会ではこうした人為的なもに頼る生活が一般的になってしまっているのではないでしょうか。今の現代化住宅の殆どが、自然の恩恵を考えずに計画され造られています。
私たちホーミースタディグループは、自然の恵みを精一杯取り入れる住まいを造ってきました。今回の災害で、「自然と住まいの調和」を求めて生活をして行く事が大切であることに改めて気付かされました。又、普段申し上げている事に間違いは無かったと思っております。
無駄なエネルギーを使わず、自然破壊を最小限にして生活することが危険な原発を使わずに済むことではないでしょうか。これ以上、不幸な人々をつくらないためにも…
(H23.4)
最近、引き渡しで感じたこと
先日、出会いから三年に渡ってお付き合いさせて頂いてきた30代前半の方のお住まいの引き渡しがありました。この方との出会いは、ご主人のご実家を改築させて頂いた事が縁でずうっと付き合い続けて頂いております。
そんな中、息子さんがご結婚され、お子さんもでき、一軒家を持ちたいとのお話しを伺っており、家を造られるなら一度家づくりについての基本的な勉強をされませんか?と云う事で、私共が行っている「住まい教室」を受講して頂きました。教室において、住まいの目的、役割等基本的な考え方が私共と同じであったため、計画のお手伝いをさせて頂く事となりました。
この方は土地から購入と云うことで、多くの資金が必要でしたが、親御さんとの関係が上手くいっていた為、土地代金を親が出して下さると云うラッキーな方でした。親としても若い二人がどの様に住まいを考え、造っていくのかと心配されているのが良く分かりましたので、計画の段階からご両親にも打合せ(子守がてら)参加して頂き、家の計画を進めることになりました。
後から思うことですが、親は資金の一部を出すが口は出さないと云う事でなく、一緒に住まいづくりに参加されたことが、大変良かったと思います。
所詮、他人である嫁姑の間柄も、仲の良いお二人ではありましたが、計画を進め、住まいを完成させるまで、お付き合い頂いた中で、自然と本当の母娘、父娘の関係にと変わっていった事は驚きでした。
私共の先生である冨田会主も生前に、住まいは家庭づくりであり、住まいづくりを通して、人を育てて行くものであると云っておられた事を今、実感しています。
両親が年老いてどちらか一人になられた場合、スムーズに若い家族に受け入れられ、幸福な生活を生涯送って頂けると確信した次第です。
(H23.4)
循環型社会
住宅づくりに携わって五十年近くになりますが、住宅の建築資材として木ほど優れた物は無いと云うことを最近特に強く思うようになりました。木は有史前より私達が地球上で住む為の環境をつくってくれた唯一の植物です。私達が地上で生活出来るのも、植物である木が酸素をつくり、紫外線から守るオゾン層をもつくっていると云われています。木は私達に木の葉から発生する水蒸気によって雲をつくり雨を降らせ真水をつくります。
又、山の木々はダムとしての保水の役目をし、一定量の水を川として海に流すことにより、その周辺に豊かな田や畑をつくり、作物を育てる役割をしています。川の水に含まれる栄養素は河口でのプランクトンを発生させ、小魚のエサとなっています。育った木は家や家具に使われることによって、今、世間で大変問題になっているCO2の削減に大きく貢献していることは、皆様もよくご存知のことと思います。
ところで、木は不思議な生物で、一旦根から切り離されて生命を絶たれる訳ですが、家や家具として使われる時は何千年もの間、朽ちることなく生き続ける性質を持っています。又、木は再生可能な資材でもあり、この様な素晴らしい資材を有効に利用しない手はないと、私は思いますが皆様は如何でしょうか?
木の特質はまだまだあります。静岡大学の水野教授が木と金属とコンクリートの箱を作り、そこにマウスを入れて、その生育状況を実験したデータがあります。それによると、金属とコンクリートの箱に入れた親マウスはストレスを多く感じて子マウスに充分な乳を与えることが出来ず、子が育ちませんでした。それに比べ、木の箱の親マウスは落ち着いて乳を与えることが出来、子マウスがすくすく育ったと確認されています。
この事は人間にも当てはまる事であり、最近、家庭や学校でもキレル子供や落ち着きのない子供が増えたのも住まいの内装が有機質の木や土、紙で囲われていないからではないでしょうか。事実、木造でつくられた幼稚園の園長さんの話によると、社会環境や家庭環境の悪い子供達でも園での生活を見るとコンクリートでつくられた幼稚園の園児よりはるかに落ち着いた状態で園生活を送ることが出来ると聞きました。
今の荒んだ世の中を少しでも良くするには、木造で住まいも学校をも造ることが良いのではないかと思います。
今、山が手入れされずに荒れているのを皆さんもご存知のことでしょう。山の木を守る人が生活出来ないからです。木は卵と一緒で昭和45年代とあまり変わらない値段であり、決して高い資材ではありません。もっと、国内の木を沢山使うことによって循環型社会になるようみんなの力で努力していきたいと思います。
(H22.10)
何故、同居なのか?
以前から気になっていた事が現実となってきていることに驚きました。去る1月31日にNHKスペシャルで放送された「無縁社会」についての番組をご覧になった方もおられることでしょう。
その中で、身元不明や引き取りを拒否したりした「無縁死」が年間3万2千人にものぼり、今後も確実に増え続けて行くであろうと云うのです。今、若い方々は、私の周りでも独身者が多いように見受けられます。男の人も女の人も仕事を持てば、それなりに独り身であっても生活に困らないような仕組みが世の中に出来上がっております。食事にしても24時間食べる事だけを考えれば不自由することなどありません。
又、独りで淋しいと思えばインターネット上での友人も簡単につくる事が出来る現実。確かに人が一緒に住むことは、人とのコミュニケーション上、我慢や辛抱が必要で、その煩わしさの為、それを避ける人が多いと聞いています。
しかし、世の中全ての事において、自分一人の都合だけで物事が上手く運ばないことは誰しもが分かっている事なので、そこに面白さ、楽しさを見つけないと何の為にこの世に生まれて来たかが分からなくなり、結局、人生の終焉が近づいた時、残るのは虚しさだけかも知れません。
最近、息子の嫁が妹の結婚式で実家へ4〜5日帰った時、食欲もなくすっかり弱っていたお祖母さんが急に元気になり、食欲も回復したとの話を聞きました。どうも孫や曾孫の元気がお祖母さんを元気にする様です。私も同居していて感じる事は、若い人はエネルギーがあるので元気が溢れています。その事が私を元気にしてくれます。又、気遣いもしてくれます。
子どもの居ない夫婦はどうするのだとの声が聞こえて来ますが、その場合、善人である他人との同居は如何でしょう?遠くの親戚より近くの他人です。世の中から我慢や辛抱を無くした結果が、今の世の中の状態です。
世の中を良い方向に向けて行く為には、今の生活スタイルを改めてみる事が必要ではないでしょうか。同居によって、世間で問題となっている事、医療、省エネ、食料、少子化、子育ての問題の多くが解決出来るのではないかと思います。
皆様方も一度考えて頂くキッカケになれば幸いです。
(H22.6)
地球温暖化防止
以前にもこの事については、少しばかり触れさせて頂いた事があるように思うのですが…
先日、国産材をもっと利用しようとの話を聞く機会がありました。その会を企画したのは、山の達人と工務店を結び、持続可能な社会を目指そうとする人達です。
今、皆様も良くご存知の様に地球温暖化を抑制しようとする動きがあちらこちらで行われております。CO2の排出を少なくする取り組みです。私達の業界にも高断熱高気密住宅を推奨する動きもありますが、その話は別の機会と致しまして、今回は国産材を何故使う事が大切であるか(?)の話です。
日本の山は、私達が思っているのと違って、自然林と云う山は少なく、殆どの山は人工林(人が植林をして育てた山)が多いと云います。よく山をご覧頂くと杉や檜の木だけの山が多いのに気が付かれると思います。
今、その山で大変な事が起きているのです。皆様もテレビや新聞等で見聞きされた事がおありだと思いますが、間伐と云って木を間引きしないと大きく育たない事と、山の中に光が入らないと下草が育たない為、杉や檜は強風で直ぐに倒れたり土砂崩れを起こしたりします。
木は多くのCO2を固定化するので、木を使用することは空気中のCO2を大きく減らす効果があります。又、森林の木は多くの水を保水する力があり、わざわざ大きなダムを造らなくても、水を大量に溜めておけるとさえ云われています。
その他に森林は、葉からの水蒸気の発散で雲をつくり雨を降らせ、またその水は落ち葉を腐葉土にし、そこを通った水は川となり、田や畑の栄養となります。川ではプランクトンの栄養となり、プランクトンの発生で魚が育つ環境が出来上がると云われています。
木材を家に使えば、これ又、人の心を和ませる動きもあり、良い事づくめの資材であると云われています。多くの国産材を使用し地球温暖化防止に、皆さんと一緒に協力し合って行ければいいな、と思います。
(H22.3)
新年明けましておめでとうございます
希望に満ちた新年を迎えられたことと思います。昨年は、皆様も良くご存知の様に政治・経済が大きく変わりました。又、人々の思いも大きく変わったように思います。
戦後60年余り、ひたすら豊かさを求め、お金や物を求めて来ました。その中で、競争原理が一番正しい事だとの思いから、強い者がひとり勝ちし、富をひとりじめにして来ました。お金や物を沢山持つことが人生の最高の喜びとして来た人もここへ来て、それだけでは自分の心を満たすことが出来ないことに気付いて来たようです。
暮れに当社に来られた若い32才の女性も、31才の誕生日を迎えた日「過去30年間、人の役に立つ事は何もしてこなかった」と猛反省し、心を改めて、2日後からは勤め先と住まいの近くの鵜の森公演の神社の参拝と、大通りの清掃を始め、早朝5時半から1時間、毎日欠かさず今も続けておられるとのことです。続けることによって、最近では近隣の住民も参加して来られているようです。
又、ゴミ拾いから始まった新しい人生は、やり続けた自信と共に街づくりにも関心が広がり、400年ぐらい昔にこの地にあった浜田城の再建も考えておられるとの事でした。
この様に、人は思いを変えることによってこれまで以上に生き生きと過ごすことが出来ます。私もより一層、生き生きと過ごす為にも、今年は人とのつながりを強化して行きたいと思っています。
最近、自分勝手な人が増えたこともあって、街の中の建物を見るにつけ、色・形がバラバラな家が好き勝手な方法で造られているのが現状です。その事によって、街の美しさも欠け、人が集まらない街が出来上がっているのではないかと思います。
街づくりにも関心を持ちながら、自分勝手な人を少しでも減らすため、家庭で子どものしつけが出来る住まいを今年も提案・提供して行こうと思っています。
本年もどうぞよろしくお願い致します。
(H22.1)
将来を担う子ども達に
これまで人類は、生活の安心・安全を求めて沢山の発見・工夫をしてきました。お陰で私たちの生活は飛躍的に豊かに便利になってきました。しかし、その代償として、それによる弊害が至るところで現れています。それも物質文明が発達する折りにはやむを得ない事だと思いますが、今、この事が社会問題として世界的に取り上げられていることは、皆様もご承知の通りです。
私たちの業界も科学技術の発展によって、今まで以上に美しく、また機能的な建物が造られてきました。しかし、建物の中でも住宅は特にその弊害が顕著に現れてきていて、ご存知の様にシックハウスによるアトピー・喘息・自律神経失調症と云った病気が住宅の造り方によって現れてきました。
政府は慌ててその対策として24時間換気システムとして室内の空気を2時間に1回、全て入れ替える様、義務付けしました。しかし、それだけで全ての事が解決した訳ではなく、今尚、問題が山積しています。この事を解決するには、私は住まいの環境に重大な問題がある事を声を大にして申し上げたい。
孟子言葉に「居は気を移す!」すなわち、住まいは人に大きな影響を与える為、心して住まいを造らなければならないとの教えです。
私は今、仲間達と人々が将来に渡って安心平和な生活を送れるにはどの様に住まいづくりをしたら良いか(?)との事を40年の永きに渡り研究されてこられた冨田先生(住宅環境工学博士)の元で勉強し、今それが具体的に形とし出来るようになりました。
この家づくりは難しい事ではありません。自然を良く知ることによって可能であると云うことです。私たちは今、科学文明を信奉する余り自然界の大切さを忘れているのではないでしょうか?
今、食も医療等もその方向に向かっています。
将来を担う子ども達に安心平和な生活が出来る様、皆様とご一緒に住まいづくりに邁進して行きますのでよろしくお願い申し上げます。
(H21.11)
触覚について
人間は、誕生してから主に触覚によって脳が発達すると云われています。確かに生まれたばかりの赤子は母親の胸に抱かれる事によって安心し、ゆっくり眠ります。そして、お腹が空けば母乳やミルクを飲み、自然と育って行きます。
又、少し大きくなって這い出す頃、自分に触れる物は何でも口に持っていきその感触を確かめて、柔らかい物か堅い物か、又、熱い・冷たいとか云った、その物自体を識別することによってどんな物なのかを知って行きます。
この様に、人間の五感の中でも触覚は一番早くからその役割を発揮すると共に、人間にはなくてはならない基本的な感覚です。だから、例え目や耳に障害があったとしても、触覚がその代用としての機能を果たします。その様な事を考えると、人間が日常で一番身近な存在の住まいは、人間にとって大切な所であることが分かります。従って、住まいを造る上で、人間が直接触れる室内環境が大切なことだと云えます。
私は10年程前に改めてその事に気付かされました。住宅環境工学博士である冨田辰雄先生に出会い、その仲間と一緒に住まいが人間に与える研修・研鑽を続けています。その勉強会を通して研究した成果を、今、住まいづくりに生かしています。
ご縁を頂いた方の話を聞かせて頂きますと、空気が軟らかいそうです。人間は自然の一部ですから、その様な感覚が人間にとって最も住みやすいのではないかと思われます。
今、トゲトゲしい感情を持った人達が世の中多くなった様に思いますが、そのトゲトゲしさを無くすのは、軟らかな雰囲気を持った住まいではないかと思いますが、皆様は如何お感じになられますか?
(H21.9)
ホームレス
新聞の日曜版だったか定かではありませんが、ホームレスの人達の記事が掲載されていました。ホームレスになる人達はどの様な事でその様な暮らし方を選んだのだろうか(?)と興味があり、読み進めて行きますと、私が想像していたこと、例えば会社をリストラされ、仕事に就きたくてもそれも無く仕方なくホームレスになったかと思っていました。
が、その様な人も居ることは確かな事ですが、60才を過ぎたその方は奥様を亡くして一人暮らしで寂しく食事をするのが嫌で、話し相手が欲しい為に、この人は敢えてホームレスと一緒に暮らしているとのことです。
人は話し相手もなく、又、他人から頼られる事がないと生きて行けない存在の様です。
最近、よく耳にする認知症の人達も老人だけかと云うとそうではない様で、人に何らかの役に立つ存在でなければ頭の働きが鈍くなり、病気を併発する原因になる様です。
私も前期高齢者の仲間入りをさせて頂いています。又、息子夫婦と同居で、二人の孫達と一緒に食事をしたり風呂に入ったりしています。確かに孫達は4才と2才であるので一日中甲高い声で喋り、動き廻っているので、気にすれば一般の人が云われる様に疲れると云う事になりますが、私は彼らと一緒に居る事でいつも元気をもらっています。
又、その言葉使いや仕種は、一生懸命大人のことを真似しようとしてやっている事が多く、大変面白い存在です。
この様な状態を嫌う人達もいて、煩わしい事はゴメンだと云って一人暮らしを求める人が居ますが、私は世の中、煩わしい事の中にしか楽しさはないのではないかと、最近は思っています。
自分がつくり出す人生の舞台は変化が多い程、面白い人生が過ごせるのではないかと思いますが、皆様は如何思われますか?
(H21.8)
自分の一度だけの人生
先程、人は人との掛かわりなくしては生きて行けないのではないかと書きましたが、戦後、高度経済成長を元に農村から都会へと大量の人達が自分達の住んで居た村を捨てて来ました。
それによって、村社会に存在していた人との繋がり、絆や結いと云った共同で行う仕事や大家族制をなくして来ました。
アメリカから導入された資本主義と個人主義によって、経済は世界の一、二を争うまでの豊かな生活が出来る様になり、辛い労働も少なくなり、毎日奇麗な服と美味しい料理を腹一杯に食べられる様になったことは、何より嬉しい事です。
しかし、以前にも増して忙しくなった事も事実です。私も以前、南米ボリビアの農場に一週間程度滞在したことがありましたが、そこでの生活は実にゆったりとしていて、時間の進み具合もゆっくりです。それに比べ今の生活は、毎日があっと云う間に過ぎて行きます。今日一日、何をしたのだろうと思う日もあります。
又、人によっては、段々とやる仕事量が増えた為、朝早く出社し、夜遅くまで終電車の時間を気にしながら仕事をし、それでも仕事をこなしきれなく、日曜祝日を返上してまで仕事に追われている様です。
そのため、自分を見つめるとか、ゆっくり考える時間がないので、ついつい場当たり的処理で物事を決めて進めて行く事が多い様に思います。だから、私も少し自分の事や会社の事をゆっくりと考えたい時は、会社を離れ静かなところでゆったりと過ごす時間を作る様にしています。
だから、最近、都会で仕事に疲れた人達は田舎暮らしを求めるのではないかと思っています。又、仕事によっては、田舎で暮らしていてもパソコンを使って、仕事の出来る時代になりました。
何処に居ても新しい情報が得られる良い時代が来た様です。文明の利器を使い、自分に合った楽しい生活を過ごしましょう。自分の一度だけの人生ですから…
(H21.8)
結婚しない若い人たち
仕事柄、お客様から様々なご相談を受ける事があります。その中でも結婚相手を紹介しては頂けないか(?)との親御さんからのご依頼もあり(ご本人から頂く事は希ですが…)。それにしても、最近の傾向として30才以上の男女が多いのが特徴です。
私も頼まれた事は放ってはおけないので、それなりに頼まれた中の人からとか、これはと云う人に問い合わせをする事がありますが、こればかりはなかなか難しいことです。
最近、結婚相談所を仕事としてやっている友人が来社し、彼からその仕事内容を聞く機会がありました。それによると、彼の会社では一万人位の登録者があり、その中でこれはと思う人を選び見合いにもって行き、さらに良ければお付き合いを始めてもらうそうです。が、ここでただ付き合いを本人たちだけに任せるのではなく、結婚とはどういうものなのか(?)と云う基本的な生活についても話をし、場合によっては身だしなみや食事などマナーについても人から好感を持たれるよう色々とアドバイスがあるようです。
これらは、私共の住宅づくりにも云えることで、ただ単に建物を造ればそれで良いと云う事ではなく、そこでどの様に生活して、つまり夫婦が子供を育てながら自分たちの一生(人生)をどの様に暮らしていきたいかを考え、造るものであると思います。
何事もこの世の中には、それが存在する意味合いがある事をよく考え、行動を起こして行くことが大切なことではないでしょうか? あとから“しまった! あの時この様にすれば良かった!”と悔いを残さない為にも…
(H21.6)
命について
最近、縁あってキリスト教の牧師さんにお会いする機会があり、人間は何故この世に生まれてきたのか(?)と云う話になりました。牧師さんが云われるには、人間は人の為に役立つことにより、人に認められ、また感謝される。その事に生き甲斐を感じていきることでは(?)…と。
その中で面白い話がありました。神は人間を最初から人間としてこの世にお造りになられたと云うのです。それは、地球の地質を見れば分かるとの事です。今、私たちは何万年も前の地質の断面を世界各国、此処彼方で目にする事が出来ます。地層を見ると何層にもなった横の帯が見られますが、そこで見られる貝や魚類、植物等の化石を見ると殆ど現在のものと変わっていないとの事です。
ただ、気候の変動によって絶滅した種もありますが、生命は偶然と自然の法則で出現したと云う進化論は、アメリカではそれに疑問や不満を持つ科学者や哲学者達の集まりがあって、知的存在と信じています。
日本ではどういう訳か進化論が正しいとの学者が教育界に占めているので、この様な話をする人は異端視され、一般の人に知らされていないのが現状のようです。日本では一旦それが正しいと云われ一般に広まると、それが後から間違っていたとしても、訂正されるまでに多くの時間を要することが多いように思います。
人は様々な意見を持っていることに、もっともっと耳を傾ける必要があるのではないでしょうか? 又、その多様性を認める事が広い意味で人を幸せに向けて行くのではないかと思います。
(H21.6)
脱メタボ
世間には「常識だから」と云って広く一般の人達が思いこんでいる事があります。間違ったことでも一旦思いこむとそれにとらわれてしまい、なかなかその事から次の新しい考え方に変える事が出来ないのが私達人間なのかも知れません。
ただ、昔の人達の言い伝え、すなわち伝統教訓は長い時間の中で間違いを直し、真実を伝えてきています。先般ある会合で、京都大学大学院の森谷敏夫先生のお話を伺う機会がありました。この方は、NHKの「ためしてガッテン」にもTV出演されていますので、お聞きになられた方もお見えでしょう。
お話しの内容は、最近巷で話題になっているメタボの予防についてです。今、成人男性は1日の食事は大体2000キロカロリーでその内約60パーセントにあたる1400~1500キロカロリーは基礎代謝に使われているようです。基礎代謝とは身体を構築したり、息をしたり、生命活動を維持したり人間にとって最低限度必要なエネルギー量だそうです。
その他に誰かと話したり、トイレに行ったり、買い物したり、バスに乗ったり、そうした日常の何気ない行動をニートと云うようですが、そのエネルギーが残りの40パーセントだそうです。
最近の我が国の一人一日当たりのエネルギー摂取量は2004年には1902キロカロリー、これは終戦直後1945年の1903キロカロリーとほぼ同じでありながら、肥満者が増え続けています。この原因は何故でしょう?
「エネルギー消費」より「エネルギー摂取量」が多いから単純明快。「食べ過ぎ」ではなく、昔に比べてエネルギーの消費量が減った、すなわち運動しなくなったことが大きな原因の様です。文明が進み歩く事や労働が減った事です。
もう一つ大きな原因は、体内に摂取した糖質の7割が筋肉で消費されると云うことで、脳が2割、臓器が1割だそうです。また糖質を代謝するのにインスリンは全く必要ないとのことが分かってきたと云います。だから努めて身体を動かす様に日常生活を送ることが重要と云えます。
なるだけ階段は歩いて上がり、近いところへは車を使わない生活が省エネにもつながる訳ですね。
如何でしょうか?
(H21.3)
年始のご挨拶にかえて
明けましておめでとうございます。皆様はどんな思いで新年を迎えられましたでしょうか?
昨年の初めは、日本経済も順調に進んでいましたが、秋も深まった頃、アメリカのサブプライムローン問題に始まり、金融危機が発生し、一気にアメリカはもとより世界各国の経済がおかしくなりました。います
昨年の暮れは、テレビ・新聞の報道はその事の関連で株価の暴落、派遣社員や季節労働者の失業と云った暗い事ばかりで、又、巷でも人が集まればその話で持ちきりの様でした。
確かにそう云った状況だとは思いますが、世界の国々から日本の現状を見る時、日本は大きな災害や戦争によって国内がメチャクチャになってはいない事を思う時、日本の国に居る事の有り難さを感じます。
又、これまで生活状況は高級な物が飛ぶ様に売れていた事を思うと、今やっと普通の状態に戻ったのではないかとも思えます。
個人個人が汗水を流して、人様の為に少しでも役立つ様にと努力した結果がお金として代価になり、それで生活していく事が大切だと思います。
又、この様な不況と云われる状態が続くとすれば、これも強ち悪い事ではないよう思えるのです。日本人が忘れていた互助の精神、すなわち互いに困った時、人々が助け合って生活することを思い出し日本人が本来持っている“和”の精神に気付くことになればと強く思います。そして、何事も少し見方を変えれば良く、気持ちだけでも明るく元気に、この一年を乗り越えて行きたいと思。
(H 21.1)
森林ツアー
毎年恒例となりました森林ツアーを今年は10月18日(土)に実施することとなり、天竜川流域へ新月伐採を体験しに参りました。皆さんの日頃の心掛けの良さか天候にも恵まれ、雲一つない行楽絶好の日になりました事はラッキーでした。
今回の参加者は総勢37名、最高年齢は80歳の方、最年少は3歳の子供さんで、幼稚園児や小学校の低学年の児童も加わり賑やかな道中でした。
伐採現場は浜松市内から車で1時間程のところにあり、急な山道を昇って行きます。道は狭いため大型バスは無理で、小型のバスと自家用車に途中で乗り換えて向かいました。現場は山頂に近いところで、急な斜面に植えてある樹齢60年から80年の桧を伐採します。
これまで5回ほど山へ行きましたが、伐採を素人の我々に体験させていただけるのはここが初めてです。5家族の方々に体験をして頂けましたが、小さな子供さんも目を輝かせながら木を切るチェーンソーや、最後に倒す時木に打つくさびをオノで叩く作業を大人に混じって真剣なまなざしで参加していました。
大きな木が倒れる瞬間の音は何とも云えない気持ちにさせます。伐採の後、みんなで地元の奥様達が作ってくださったしし汁や山魚やまめの塩焼き、見事なしいたけ、原種に近いじゃがいもを自家製のしょうがみそで食べる食材は何とも贅沢なものです。食後は樹齢300年程の杉の木を見学し、又、広い貯木場で山の人より新月伐採についてお話しをして頂きました。
木は月の影響を強く受けて成長していくそうです。上弦の月から満月にかけて木は栄養分を吸い上げて成長し、逆に下弦の月から新月にかけて木は成長を止めるのだそうです。だから木は新月に向かう時期に伐採するのが良く、栄養分が木に残っている時期に切ったものは腐り易くシロアリの害を受けやすいとの事を、そのことを実験された木を見せながら説明を頂きました。
又、ここの木は葉枯らしといって、切ったすぐに枝をはらわずそのまましばらく放置し、水分がある程度抜けてから枝をはらい加工するとのことです。この様に自然乾燥した木は表面の割れは生じますが、人工乾燥の木に比べ強さは変わらないが粘りがあるとのことです。
木は不思議な生き物です。切られてからもなお生き続けています(呼吸しているのですから…)。
この森林組合では自分で切った木を売ってくれるとのことです。自分の家を自分が山で選んで切った木で造ってみませんか?
(H 20.10)
相続
不動産取引のお手伝いをさせて頂いていると、相続問題を相談される事があります。相続は一生の内で、そう何回もある事ではありませんが、それを上手く行うかそうでないかによって、その後の人生に大きな影響を与えます。
先日、私の友人にそのコツを伝授して頂きました。皆様も多かれ少なかれ一度はこの問題に遭遇されるはずですので、ちょっとお読み頂ければと思います。
「相続で親の財産を引き継ぐ」その時、一定の条件下で必ず起きる現象があると云います。それは譲った人が幸せになり、欲を通して財産を奪った人は幸福になれないとの事なのです。
一年程前に相続をお手伝いしたAさんと云う人がいます。Aさんご夫妻は二人で父親の在宅介護をしてみえました。この父親はAさんに自宅を相続させたいと思い、遺言状まで作成してらしたのです。
ところが、父親が亡くなると、兄弟の一人から自分にも分け前が欲しいとの申し出がありました。本来から云うと分ける必要はないのですが、これを弁護士に入ってもらっての争いになると、兄弟の仲は切れてしまい、永遠につながる事はありません。
そこで友人は、Aさんに遺言状を破棄し遺言分割の話し合いで問題の解決をしなさいとアドバイスされたそうです。Aさんは彼の言葉通り一歩も二歩も譲り、兄弟に代償金を払い、自宅を相続したそうです。
一段落して彼はAさんに、こう一言「ご夫婦には良きことが沢山起こりますよ」。今までの数ある経験上、本当にその様に思ったからだと云います。それから一年が過ぎて、Aさんが報告と御礼にみえたそすです。
このご夫婦は腕の良い床屋さんです。店舗は借地の上に建っていて、ある時、この借地がビル用地として地上げされる事となりました。この地でずっと商売を続けてみえた訳ですから、立ち退くとなるとAさんは仕事が出来なくなります。
なんと不幸な出来事と思いきや、新築されたビルの一階で店舗が開業できると朗報。しかし、仕事の再開までには、かなりのブランクが…。そんな折、ある社団法人から厚生施設で仕事をしてみないか?との声掛けがあり、そちらを手伝う事になったところ、夫婦には足りる収入の上、休みが土曜とあり、時間にもゆとりが出来ました。
店舗の方はと云うと、他人に貸してそちらからは家賃収入を得ることが出来、豊かな生活をさせて頂いてますと、喜んで下さってたとの事です。
めでたし、めでたしでした。
(H 20.9)
このところの事件に思う
最近色々な事件が起こるにつけ、その原因を私なりに考えてみたいと思います。このところ、たいした理由もなく無差別に人を殺す事件が増えている様に思いますが、貴方はどう思われますか?
強盗殺人、怨恨による殺人と政治的テロと云った昔からある殺人に比べ、今の人殺しは一見善良そうに見える普通と思われる人が自分の身勝手から事を起こしてしまった例が多いのではないでしょうか。この様な事は、昔は無かった様に思います。
神戸の小学校へ無断で入り込み、そこに居合わせた先生や児童を無差別に包丁で切り付け殺傷事件事件を起こした男や、最近記憶に新しいところでは、東京の秋葉原で仕事の不安や孤独からレンタカーを借りそれに乗って日曜日の歩行者天国の中に突っ込み、それでは飽きたらず買ってきたナイフで無差別に刃物を振り回し7人もの人殺しと10人以上の人に傷を負わせる事件がありました。
自分のやり場のない怒りや不満を物に当たればまだしも、殺人と云う形でこれを表してしまう人達が日本国内にも増えたことに何か特別な原因があるのではないかと私は思うのです。私は住まい造りを通して住まいが人に与える影響力の大きさを勉強してきたものの一人として、それはその家庭すなわち家庭環境にその原因の一端があるのではないかと考えます。
戦後の高度成長と共に核家族化の増加と共働きが増えたこともあって家族間のコミュニケーション不足が見られる様です。又、核家族化によって家からご先祖を祀る場所や神仏を敬う気持ちを持たない人達が増えたのではないかとも思います。そういった習慣のない人にとっては、日本では唯一それを意識する機会はお盆と正月ぐらいかもしれません。自然を畏怖する機会や場所に出合うことすら昔の人に比べて現代人は極端に少ないのではないかと思います。
その点、ヨーロッパの人達はキリスト教徒が多いと聞きますが、彼らは毎週教会のミサと云う形でその機会を得ているためこの様な事件が少ない様に思います。何らかの形で人は自然に生かされ、又、永遠に続いていくものであることを若い人に教える場が必要ではないかと思います。
皆様はいかが思われますか?
(H 20.6)
子供たちを甦らせる
子育てから開放された私達夫婦にとって学校教育は他人事と思っていましたが、孫が3才になりこの四月から幼稚園に通い始め、口出しこそしませんが、孫のこれから行くであろう学校について関心を持つ今日この頃です。
昔から多かれ少なかれあった、いじめ、非行、犯罪が最近は学校でも多いと聞きます。私もそんな中でこの問題をどうしたものかと考える大人の一人でもあります。
最近、教育現場の工夫用力として、「子供たちを甦らせる」というタイトルで、記事を読みました。
ある中学校でのお話です。強盗、窃盗、不登校が日常的にある中で、先ず最初に取り組まれた事は、つまらないと思われている授業を興味ある内容に改善したこと。それによって非行やいじめが減ってきたそうです。しかし、子供が朝礼で貧血を起こしバタバタと倒れたり、遅刻したり、登校しても保健室にいたり…
これはもしかすると食と関係あるのではと、食の実態を把握する為、朝早くからコンビニエンスストアで張り込みをされたとの事。そこで目にしたものは、母親が子供を車に乗せてきてお金を渡し好きなものを買わせている姿だったり…
そういう子供は日常生活を調べてみると、やはり非行や犯罪を繰り返し、キレる、無気力など指導に手を焼く子が多かった事実。又、朝食を食べてこない生徒が全校の38%もいたとの事です。
まともな食事が摂れてない子は授業に集中できないばかりか精神的にも不安定になってしまう。又、朝食を食べている子も実態はパンとハム、ウインナー、それに合成保存料や合成甘味料の入ったジュース等が主で、夜はカレーや焼き肉と云った食事が中心で、体に必要なミネラル(カルシウム、亜鉛、マグネシウム)を摂取してこなかった事が分かった。
この様な食のバランスに欠けた子供の血液はドロドロで、自己コントロールできない体になり、普段は無気力でありながら突如自分の感情を抑えきれなくなってしまう。この現状から、バランスのよい食事を作ってもらおうとお母さん方に呼びかけても聞き入れてもらえず、ついには学校給食の改善に取り組むことになったのです。
なるべく腹もちの良い米飯の方に切り替え、野菜や魚を中心にしたバランス良い献立の給食に変えたところ、七ヶ月経った頃から学校全体が落ち着き、一年半~二年が経つ頃には非行や犯罪がゼロとなり、子供達の学習意欲も高まったのです。
これまで誰一人利用しなかった図書室が昼休みには満席状態。読売新聞の全国作文コンクールでは毎年一位か二位に入賞といった嬉しいこともあったそうです。
又、米飯給食に切り替えた事で、地元の農産物も多く使うこととなり産地地消、地域の農家の方々にも大変喜ばれているとのことです。
人を育てるには、手間暇を掛けることが大切である事を教えられた話でした。
(H 20.5)
酸素は大切
最近、やたらと身体の健康についての情報が巷に溢れています。そういう私も、還暦をとっくに過ぎ、体力の衰えと共に歯までが悪くなってきたのも事実です。
若い時に、もう少し気を付けて養生していたらこんな事にならなかったと思われる心当たりの方も多いのではないでしょうか。
若い人は「そんなの関係ない!」と云わずに、少し先を読んで頂きたいと思います。私は今、“幸福を生む住まい”と云う住まい造りをしています。
ご存知の方もお見えかと思いますが、住んでもらって不幸をもたらさない家造りを目指しております。
その不幸をもたらさない条件の一つに、心身が病気になりにくい住まいと云うものはどういうものかを考える部分があります。
私達は住まいの中で、自然の空気を如何に家の中に取り入れる事が大切であるかを、家づくりを通して伝えさせて頂いています。
近頃の家は、気密性の高い家が最良条件の様に云われていますが、新鮮空気の大切さを忘れてしまっている様に思われます。少し前から都会では、酸素を売る店があり、昼休みなど喫茶店ならぬ酸素吸入店が繁盛しているそうです。
空気の汚れと共に酸素不足が生じている様です。確かに人間は酸素を吸わなければ、4~5分間で死に至ります。又、少ないと血液に関係する現代病とも云われる、ガン、脳卒中、心臓病等を誘発する原因にもなり得ると云われています。
医学博士の塩谷さんは、老化、ボケ等も酸欠によって起こると、本に書かれていますし、体力が弱まれば精神力、知力も衰えると云われます。
それらを予防するには呼吸法にも気遣い、特に寝室(1日24時間の内、1/3程お世話になる部屋)の換気や通気、通風が充分に採れる様、計画する事が大切だと思います。
詳しくお知りになられたい方は、お気軽にどうぞお尋ね下さい。
健康で長生きが一番です。
(H 20.3)
節目に
新年あけましておめでとうございます。
正月は年の初めとしての節目に当たる月です。日本人は昔から、季節の節目を大切にしてきた民族ではなかったかと思います。江戸時代に幕府が公的な行事として定めた5節句が今日も残っています。ちなみに、人日(じんじつ)1月7日の七草、上巳(じょうみ)3月3日の桃の節句、端午(たんご)5月5日菖蒲の節句、七夕(たなばた)7月7日星祭り、重陽(ちょうよう)9月9日菊の節句です。
ところで、人生においてもやはり節目があります。結婚、子どもの出産、就職、家を持つ等、人生航路の出発点が人の人生にはつきものです。私の仕事もそうゆう意味では、人の出発点にかかわる大切な仕事をしていることを改めて感じています。だから、安易に住まいを造ったり、いじったりしない方が良いのではないかと思います。
私は住まい造りは家庭造りだと思っています。だから、私共に住まい造りを相談にお越しいただく方には、一度良い機会であるので、これからの人生、すなわち自分がどの様に将来にわたって過ごしていくことが、自分や家族にとって一番良いかを家族が話し合う機会にしてほしいと申し上げています。
誰でも自分がこの陽にしたいと云う希望や夢がありますが、現実問題として家族とのかかわりも考えることが大切です。それを調整する場が、せん越ですが私共、住まい造りに関わる専門家の仕事ではないかと思っています。
私も幾多の人の人生に関わりを持たせていただきました。この経験が少しでも世の人に役立つことを願っています。
今年も皆様にとって幸福な良き年となることをお祈り申し上げます。
(H 20.1)
何かがおかしい
皆様には余り感心がない事かも知れませんが、最近、私達の関係する業界では大変大きな改革がありました。それは、新聞等でも報道されました建物の強さを計算する構造計算書が偽装され、強度不足であるマンションが見つかったと云う事が発端となっています。
いわゆる姉葉建築士とによる偽装問題です。その結果、その様な不正な行為を無くすためにと云うことで、今年6月に建築基準法が改正され、構造計算書の書類を公的な機関で二重チェックすると共に、申請書に付帯する書類も大幅に増え、建築士の仕事が増えました。
その事によって、建物を建ててもよろしいと云う許可業務が大きく遅れることとなり、又、この業務手続きの送れによって着工出来ない状況があちらこちらで起こっております。
一人二人の不正があったことで、後の全ての建築士が不正なきする為に、膨大なお金と時間のかかるシステムを作ることが本当に必要であったのかと疑問に思います。
今回の事は、安ければ何でもいいと云う損得勘定で、事を運んだといった所がオーナーの会見からも感じとれます。安く良い物を提供するのは当たり前ですが、それを造る側の立場も考えずに、ただ安ければ良いとの事で金銭的な無理強いをオーナーが業者にした結果ではないかと思えるのです。
結果的に損をしたのは、さて誰でしょうか?
昔からの諺に「安物買いの銭失い」とありますが、「安物買い」が高じて国をも滅ぼすことにならなければ良いが…と思いますが、如何でしょうか。
(H19.11)
吉野・川上村
先日、奈良県の川上村において「まるごと吉野杉フェア」と云うイベントがあり、参加してきました。日本三大人工美林のひとつ、吉野杉の主産地でもあり、川上村の森林組合はもとより村を挙げての催しでした。
参加者は交通のこともあってかやはり大阪・神戸方面の方が多く、100名程の参加人数でした。オープニングは太い杉丸太をお客さんがチェーンソーで切るところからです。
そして、丸太の彫塑師のデモのあと各班に分かれて約120年の杉、伐採見学に行きました。伐採は間伐を繰り返し行ってきた場所で見る事が出来、そこには天ほどまでに伸びた杉が威風堂々と立っています。
生き物としての風格さえ感じさせてくれます。その中の一本を倒す訳ですが、既に別方向に倒れていかないよう、ロープが掛けられています。倒すのは3人がかりで1人がロープの張りを調整、もう1人は木が倒れる方向を正確に読み、伐採する人に細かい指示を出す人です。
先ず、倒す方向に切り口を付け最後に倒す反対側より切って倒すことになります。木は悲しげな音を立て、大きく跳ねながら倒れました。早々、切り口を見に行くと、水分がジワッとにじみ出てきて今まで地から水分を上に昇げていたことがはっきりと分かります。
この倒された木が遡ること130年前にこの地に植えられ、大切に育てられてきたことを思うと、自然と人とのかかわり、愛情を掛け育て上げた人の優しさを感じます。
山里の生活は豊かで素晴らしい良さを沢山持っていても、ただそれだけでは生計を立てて暮らして行くことが困難だと云うことで、こう云ったキコリさんが激減。若い人と云われるのが50代の人だそうです。
消費者である私達も、他人事として聞くのでなく、どうしたら良いかを一緒になって考えてみる時期である様に思えます。
(H19.8)
温暖化について
最近、国内で俄に地球温暖化の問題が新聞紙上またTVでも取り上げられる機会が多くなりました。先日も、ドイツのハイリゲンダムで開催されたG8サミット主要国首脳会議でもこの問題が取り上げられ、気候変動問題で温暖化ガス排出量を2050年までに最低半減させるというEU・カナダ・日本の決定を参加国が真剣に検討することが議長国ドイツのメルケル首相によって発表されました。
1997年12月に京都で開催された国連による地球温暖化防止京都会議からにしてようやく世界CO2総排出量239億トン(1996年データ)の内、一番のアメリカ(53億トン)、二番の中国(34億トン)、三番のロシア(16億トン)、ちなみに日本は四番目(12億トン)が同意したことは重要なことだと思います。が、人間はやはり具体的な現象が世界的規模で生じないと真剣になれないようです。
先日も、国内外の環境問題に取り組んでいる人の話を聞く機会がありましたが、今ここで文明の加速にブレーキを掛けないと暴走して人間の手におえない状態になるとのお話しがありました。詳しいことはここでは書けませんが、世界の気温が2度上昇すると原子爆弾が落とされた以上の大きな被害が世界的に生じるとのことです。
私達に出来ることは取り敢えず何でしょうか? エネルギーをあまり使用しないよう生活することだそうです。
その一つの方法として、ドイツでは今、食料品などにも産地はもちろんの事、どれ程の距離から運ばれて来たかをも表示しているそうです。物をつくるにもエネルギーを使いますが、輸送にもかなりのエネルギーの消費があること、私達も少しでも省エネに貢献するため、出来るだけ近くで採れたものを食べる地産地消を行いたいと思います。
又、私共の仕事、住まいづくりにおいても、近くにある建材、日本の木を使うことが山の荒廃も防ぎ、水の浄化にも役立ち、又海もきれいになり、省エネになる一石四鳥の効果があるものと思われます。
皆さん、いかがでしょうか?
(H19.7)
同居
先日、奥様を二年前に亡くされた方とお話しする機会がありました。葬儀後暫く経ってからお会いした時もそうでしたが、今一人暮らしで非常に寂しい思いをしているとのことです。
子供さんは男一人、女一人で、近くには住んでおられる様で時々は顔を見せてくれるそうですが、寂しい気持ちはおさまらないとの事です。このご夫婦も息子さんが結婚される時、同居するかどうかの話があったそうですが、その折り、自分たちも親と同居していて苦労したとの事で、奥様が嫁さんの立場を考えて自分達だけで暮らすことを決断されたそうです。しかし、その後自分が病に倒れてからと云うもの、同居しなかった事を後悔し、亡くなられたとの事です。
最近、新聞でもこの親と子の同郷の事が取り上げられていました。日本では昭和の終わりの頃は、同居率が60%近くあったそうですが、時代の変化と共に、今では30%ぐらいで、諸外国、特にお隣の国韓国では50%だそうです。日本の低さが目につきます。
少子化や高齢者社会のことを考えると、自分が安心して老後を送る為には、身近に親しい人達が住んでいた方が心強い気がしますが、皆様は如何ですか。
同居するなら、結婚を機に(非常に難しいとは思いますが)それが無理な人はスープの冷めない距離に住んで頂くのが、安心を買うには必要な事ではないでしょうか。
これから退職を迎える人は特にその所を考えて、自分の人生設計をもう一度見直す機会にして頂ければと思います。今、60才の人の平均余命は男性の平均寿命77才、女性84才より長生きする様ですし、100才の人が全国で約3万人位いるそうです。
安心・平和な人生を楽しく過ごす為には、どうしたら良いかを一人一人が真剣に考えることが今後大切だと思います。
(H19.5)
私の旅のすごし方
以前から一度は行ってみたいと思っていた石垣島へ、昨年の秋に出掛けることが出来ました。十一月の沖縄諸島は波も少なく、比較的穏やかな日が多いと云う事で、日を選びました。
旅行に出るに当たって情報集め等をするのですが、今の人達はパソコン・携帯電話で簡単に資料を取り寄せ、旅費も値打ちな所を探すのがとても上手です。
私のような戦前生まれの者にとってはそういう事が苦手で、つい若い人に頼ってしまいます。今回も同居している息子の嫁が手際よくやってくれました。ただ、私達も折角、遠い所へ行くのだからと、ゆっくりしたい気持ちもあり、主な所だけを出発前に予約し、後は現地に着いてから行き当たりばったりで旅をするのも面白いと思い、出掛けました。
私達が予想していた様に一日目は天候にも恵まれ、石垣島から西表島へ渡り散策を楽しみました。西表島では、カヌーに乗って島巡りをしてみたいと思っていましたが、家内や息子達の反対で一日バスツアーで廻ることにしました。結果的にはこれが良かったと思います。島の珍しい景色や住民の方々の生活にも触れる事が出来たり…
また、その日の夕食はホテルで取るのも芸がないとの事で、こだわりの石垣料理を食べに外出しました。そのお店は町の中心より外れ、ハブも出没する畑の中にあり、知る人ぞ知ると云った店でタクシーによる移動に頼るしかありません。
幸いにも私達夫婦二人だけの貸し切りで、石垣島伝統の佇まいで創作料理(地元の山菜が豊富に使われた)を堪能することが出来ました。また、翌日はタクシーを借り切ってこの石垣島を一周しました。これまた幸いにも昨夜の運転手さんで、地元生まれの地元育ちだけあって、普段観光客が行けない所まで連れて行ってもらいました。
昼食も、地元の方が美味しいと云って利用される食堂で郷土料理を頂くことになったりと、旅の楽しみは意外性に出会うことにもあります。
今後も、時間を作って日常とは違った体験の中で気持ちをリフレッシュしたいと思います。
(H19.3.30)
甘やかされた親
先日の夜、たまたま早く帰りテレビを見る機会がありました。夕食を終え、NHKをつけるとクローズアップ現代で「要求する親、問われる教師」と云う題で放映されているのを見る機会がありました。
私の家では、まだ孫も2才と幼く、学校に問題が多いとは若い人達から聞いてはいましたが、現状はどの様になっているのかと少し興味もあり、見ることにしました。その中で一部気になった事がありましたので、書いてみたいと思います。
今の学校の先生は、生徒に学問を教えることだけでなく、生徒の家庭の雑用まで面倒を見ることになっている様です。例えば、「帰宅時間がいつもより少し遅いので何かあったのですか」との親からの問い合わせに、「今日は補習があり、今終わったところで帰ってもらったところです」との報告をする教師の様子を見て、今の親は確かに子供を巻き込んだ事件があることで、この様な事は仕方がないことなのかと思います。しかし、その後に放映された内容の、「子供が朝早く起きて学校へ行かないので、先生、うちの子供を起こしてもらえませんか?」との親の要求にはびっくりしました。
自分の子供に躾が出来ない親がいるのだと云うことと、又、その要求を受け入れようとする学校側の態度にもびっくりです。甘やかされて育った親が、そのまま子供も造って育てていることが、この様な人達を作ってきたのではないかと思います。
この様な人達は気の毒だと思います。何事も人任せにして、自分の都合だけで生きている人ですから、少しつらいことがあるとすぐ挫折して、世間を恨むこと以外、自分から何かをしようとしない人ではないかと思います。
この様な人は、人からも信用もされず暗い人生を過ごし、終えていく事になります。人に頼る事は最小限にして生活をしていくことが大切だと思います。
(H19.2.8)
自然は芸術家
今年で4年目の森林ツアーについてお話ししたいと思います。今回も沢山の方にご参加いただきました。11月中に開催する予定が、当方の都合で12月3日(日)に行いました。今回は隣の県、奥三河国定公園内の森林を観に行くことにしました。
下見をした時期は10月で、又その日は朝からどしゃ降りの雨で景色も良く分からないまま愛知県の農林水産事務所の職員の方に案内していただきながら、間伐材の伐倒現場や散策をするブナ林の近くを下見しました。
案内していただいた方が云われるには、この場所は夏はオートキャンプで大変賑わうところですが、冬場はほとんど人が訪れることはありませんとのお話しでした。又、実施する時期は紅葉も終わっていて余り見所はありませんと云う様なつれない返事が返ってきました。
当日の天気の良い事を祈りながら、その日を迎えました。皆さんも記憶に新しいと思いますが、前夜より強い寒気を伴った寒冷前線が東海地方を通過し、朝、晴れたものの今年一番の寒い日になりました。
早朝7時出発のバスは、下は4才から上は82才の老若男女を乗せ無事に出発。途中、休憩を取りながら目的地のつぐ高原グリーンパークへ向かいました。稲武から有料道路の茶臼山高原道路を登りはじめ、しばらく行くと山頂が白いではありませんか。寒いから雪が積もっているのかと思いながらどんどん登っていくと、氷が木々の枝や葉に付いて太陽の光でキラキラ輝いています。霧氷です!幻想的な美しさに一同感激の言葉が飛び交います。又、車中よりカメラでパチパチ、そして目的地に無事到着。
参加された人達の日頃の心掛けの良さか、12月には滅多に見ることができない霧氷に出合えたことは、何と幸運なことかと思いました。それにしても、自然は芸術家であるとつくづく思いました。
(H18.12.14)
人に教える
私はテレビを見るのが好きな方です。その中で、よく見る番組があります。皆さんの中にもご存知の方が多いと思いますが、民放の夜10時頃から始まる「世界ウルルン滞在記」です。ある時、若い女性がモンゴルの遊牧民族と生活を共にして、彼らが今も使っている「ホーミー」と云う声の出し方を習うという企画が放映されました。
このホーミーと云う声は2つの違う音を同時に出すことによって、動物に“やすらぎ”を与えることが出来るのだそうです。実際、子供をオオカミに殺された雌のラクダが、精神的不安定の中この声を聞き目から涙を流して他のラクダの子供にお乳を与えていました。生活の知恵だと思いました。
そういう生活の中で、女優がその家族のために朝早く起きて彼らに教えてもらったミルク入りのお茶を沸かすことになります。彼らが寝ているところで、薪がわりのヤギやラクダの糞に火を付けようとマッチをすりますが、何度も直接糞に火を持っていきますので付きません。それもそのはずです。火を起こす媒体の紙が必要だということに気付いていないのです。
その様子を寝たふりをしながら見ていたモンゴルのお母さんが、古紙を彼女に放り投げます。彼女はそれを使って火を付けようとしますが、これがまた、紙を丸めてやらないので、なかなか火が起こってきません。結局のところ、マッチを68本も使ってやっと火を付けることが出来るわけですが、私がこれを見ていて感じたことは、どうしたら出来るかを“本人に考えさせることが大切だ”と云うことです。
私なら、子供が同じように火の付け方が分からない時、すぐに「このようにしたら」と云って口出しして火の付け方を教えてしまうと思います。彼らは、火を起こすのに必要な材料を与え、まず自分自身で工夫するようにもっていきます。忍耐強く待つことの大切さを私に教えてくれました。
大切なことだと思いますが、皆さんはどの様に思われますか?
(H18.9.29)
自然の法則
皆さん、中学校で学んだことを思い出してみませんか? 鎌倉時代、すなわち中世の随筆家鴨長明(1212年)の方丈記の書き出しに有名な文章があります。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし。世中にある人と栖と、又かくのごとし。」とありますように、人間の生き死も又これと同じであることを長明は云っています。
この事柄を私なりに解釈してみたいと思います。自然界は、全て動いていると云うことです。少しでも動きが滞まれば、そこに不都合が生じます。水を見てみましょう。水は幼い子供でも分かるように、水が蒸発して雲となりその雲の中の水滴が集まって雨になり、地上に水となって降ってきます。その雨が山に降った場合は川となって海に戻って来て、又その水が蒸発してと云うように循環しています。
又、空気も気圧の高い(エネルギーを含む大きな)南から、気圧の低い(エネルギーの低い)方へと流れます。この様に自然界のものは全て流れを作りながらバランスを取っています。人間の身体も血液という流れがあるから生きています。この流れが悪くなると病気が生じます。
又、人間の思いも同じことで、物事にとらわれているとそれが病気の原因を作ります。起こったことに対していつまでもクヨクヨする人や、いつも何か自分に不幸な事が起きないか気にしている人達は自然の流れからすると逆行している人達です。何事も、起こったことを問題にせず、その現実を受け入れて起こった事に感謝できる自分であることが大切であると思います。
人生をうまく生きるためには、先人達がよく云っている「自然の流れに乗って生きていく」ことが一番楽しいことだと思います。皆さん、如何お思いでしょうか。
(H18.8.18)
子育て
私の家では今、南米ボリビアに行っていた末の娘が、お産の為帰ってきています。当初は、向こうで出産との話もあり、「どうしようか」と家内とも相談していましたが、運良く日本でと云うことになり、実のところ「ホッ」としました。
世の親は娘を嫁がせる時、近くにとの気持ちが強いようです。確かにこうした時、近くに居れば世話をする側、また、してもらう側、両者に好都合ですね。
その娘も、この五月に無事女の子を出産致しました。向こうでは、お義姉さんの子供達の世話をしていたので、子供の扱いには慣れていると云っていましたが、実際、自分の子供を育てる段になって、やはり勝手が違うようです。
退院した最初の日などは、お乳をやってしばらく寝かしていたら、噴水のように吐いたと云って大騒ぎをし、家内に「大丈夫、様子を見ましょう」と、なだめられても、納得いかない様で、「こういった場合、連絡を!と言われたから」と夜中に病院へ電話。やっと看護婦さんの説明に納得していました。
私たちも子供を三人育ててきましたが、私にとっては子供に触れたのは、生まれたてとその後、家内が実家から戻ってきてからです。既に子供も一ヶ月以上で、本当の新生児が大きく育って行くのを見るのは初めてです。一時間置きぐらいに思える程、お乳を欲しがり、泣くとは思ってみませんでしたから、女性が子供を育てることは、本当に大変だと感じました。
この事とは裏腹で、子供の虐待の多さを耳にされる方も多いと思います。
先日も、民生委員の方から、この地域でも多くの児童が親から虐待を受け、食事も充分に与えられてない状況だとお聞きしました。
子育てをどうして良いか分からない、また、相談できないという親が昔より確実に増加しています。これは核家族化が進んだ事によって個人主義、身勝手な人達が増えたのにその原因の一つがある様です。
この事を民生委員の人だけでなく、私たちも昔の近所付き合いの良さを見なし、お陰様の心で過ごしていけたらと思いますが、如何でしょうか(?)
(H18.6.16))
美しい日本の四季
当社の事務所近くに伊勢路と都路(京・大坂)の分岐点に伊勢神宮参拝、第二の鳥居があります。最近、熟年の人達の散策場所の一つなのでしょう、よく団体で人々が集まります。
又、ここには江戸時代の旅人の為、飲料水が近くの山より引かれていて、いつも冷たい水が出ています。今は丁度、花の季節で、そこに植えられた何本かの桜が満開で真に見事です。
周囲を道路に囲まれていて、車の騒音がある所ではありますが、その場所に立つと、人は何かしら安堵感を覚えるのです。
それは、大きな木と水があることによりもたらされている様です。そこには鳥たちもやって来ていますので、やはり人間も動物であることを思うとむべなるかなと思います。
文明がいくら発展しても、人は自然の優しさを何処かに見つけないと心が落ち着かない様に感じますし、現代人は会社でも家でも自然に触れる機会が少ないのではないでしょうか。
私も会社と家を往復する中で、ついつい車に頼る事が多く、知らない内に季節が移り変わっていることの多いのが現状です。折角、日本の美しい四季ある国に生まれながら、それを享受することなく年月が過ぎていくのは大変もったいない気が、最近しております。
戦後、日本人は便利さを追い求めて一生懸命、文明の発展に力を注いできましたが、自然を愛でる心の余裕がないと人生が味気ない様、思います。
最近、通勤等においても歩く人が増えたのは、ある意味、文明の行き過ぎに気がついて新しい生き方を始められた、と私の目には映ります。
きっと、こういう人達が新しい時代を造っていってくださるのではないでしょうか。
皆さん、如何思われますか?
(H18.4.10)
省エネ住まい
先日、不動産の研修会で宝塚に行きました。コインパーキングやウイクリーマンションの手法についてです。案内してくれた彼の自宅が近くにあり、その家も見学しました。
その家は、先代が阪急電鉄が宝塚を開発した時、一手に土木工事を引き受けたこともあり、資産家で約1,000坪の土地に親の家200坪と彼の家60坪が建っています。
200坪の家には父親が既に亡く、現在は母親一人で住んでみえます。建物が広すぎて寒いので、今は女中部屋の6帖間に寝起きをしているそうです(モッタイナイデスネ)。
又、最近こんなことがあったそうです。雨漏りがあって直してもらおうと思い、屋根業者に見積を依頼したら、何と4,000万円かかると言われてやめてしまったとの事です。
固定資産税にしても、毎月40万円程支払っているそうで、彼が云うには「家を壊したいのだが、自分では壊すこともままならない。何か良い方法があったら教えて欲しい」と…。
この様な資産持ちの人達を私も2~3人知っていますが(負け惜しみに聞こえるかも知れませんが)、広い土地に大きな建物を造ると、本人より相続した人がお困りになる例が多いようです。
家造りは、分相応のものを造らないと、建物の耐用年数が来ない内に壊されていく事が多いので、大変もったいない事であり、又、資源、ひいてはエネルギーの無駄使いになると思います。
これから家を新築される方、くれぐれもご注意下さい。あなたの子孫の為に、大きい家は必要ありませんよ!
(H.18.3.1)
新年おめでとうございます。
ある日曜日、久し振りに「三重掃除に学ぶ会」の総会が菰野小学校であり、社員と参加してきました。この会は、ご存知の方も多いと思いますが、イエローハットの社長(現在、相談役)の鍵山秀三郎と云う人の掃除哲学に学ぼうという有志の集まりで“日本を美しくする会”の行事です。
第一回目「掃除に学ぶ会」が、日本大正村で開催されてから全国に広がり、今年は96カ所で開催されました。この会は、現在ブラジルはサンパウロ、中国は上海、アメリカはニューヨーク、台湾でも行われていて、今年は世界大会がブラジルでありました。私も平成七年、神奈川で行われたのに参加したのが始まりです。
趣旨は「心磨き」の会で、特定の組織や団体に属しているものではなく、又、利益追求や宗教等も全く関係のない組織で、自分が行きたい時に参加すると云うものです。
今回は、菰野小学校の父兄で高倉さんと云う女性が、自分の子供がお世話になっている小学校を是非きれいにしたいとの思いから、コツコツと3年間トイレ掃除を続けてこられました。仲間も増やしてやっと学校側の理解も得られ、この度の運びとなったとのことです。
当日は校長先生をはじめ、生徒の皆さんと全国から参加した仲間達約250名程で各班に分かれ、トイレの掃除をしました。初めての参加でも、若い方が多いのには驚きました。物質的に豊かな現代、物質では満たされない何かを求めて参加する人も多い様です。
人の心が変われば、世の中も変わると申します。
昨今、小学生を巻き込んだ事件が頻発しています。人の心のすさみが悪い心を作ると鍵山さんは云われます。世の中から荒ぶ心を無くする努力を、お互いがやっていけたらと思います。
(H.18.1.1)
サイパン訪問
気の置けない仲間と旅行をすることは何よりも楽しいことです。20年前より同じ年代の経営者の仲間7名で積み立てをしながら、お金が貯まったら海外旅行に行こうと云うことで、今年の11月初旬にグァムへ行くことになりました。
それぞれ仕事の都合もあって全員が一緒に行動することは難しく、私は1日遅れて皆さんの仲間入りをしました。又、現地での行動も夜は一緒に食事をしようとの決めだけがあって、思い思い行きたい所、やってみたいことはバラバラです。私は、グァムへ行くのであればサイパンも寄ってみたいと思っていましたので、一部の仲間と行くことになりました。
サイパンはご存知のように、太平洋戦争においては激戦の地で、沢山の日本人が戦死した場所と聞いていますが、実際に訪れてみると日本の淡路島ほどの大きさの島で、島を一周するのに大して時間がかかりません。又、戦後60年が過ぎたとは云え、今も戦争の傷跡が残っています。海上ではアメリカ海軍の船が今でも警戒を怠っていません。
しかし、旅行者の日本人や韓日の新婚さんにとっては、リゾートに来た開放感でその様な所へはあまり目を向けない様です。私達は戦前生まれで、多少とも戦争の記憶のある年代です。天皇陛下も今年初めてこの地を訪れ、戦没者の供養をされたと聞いておりましたので、私達も線香とお酒を用意し、特に多くの犠牲を出したと云われるバンザイクリークやアッピ山の麓のスーサイドクリーフの慰霊塔に参拝しました。
片方は海の断崖、もう一方は山の断崖で、それぞれ150m~200mの高さがあります。アメリカ軍に追いつめられ飛び降りたと云いますが、どんな思いが心によぎったのだろうと思い手を合わせてきました。
戦争によって現地の人達にもかなりの犠牲が出たと聞かされましたが、戦前日本が国連より統治を任されていた時は、福島県出身の松江春次と云う人がサトウキビを植え、サイパンの基幹産業に育て、大いに島の経済が潤っていたとの事です。その銅像が今も彩帆(サイパン)香取神社のある公日の一画に建っています。
戦争が終わった直後、アメリカ軍が壊そうとしたそうですが、住民の懇願によって残ったと聞きました。外国の地で日本人の銅像が残っているのは、野口英世とこの松江春次さん2人だけだと案内人の人が云っていました。
そういう先人達の努力があったためか、今も対日感情はすこぶる好い様です。海外へ出掛けてみて、日本人の良さを改めて知ることは嬉しい事です。
(H.17.12.1)
ちょっと立ち停まってみたら
建築を志して40年、住宅建築を本格的にやり始めて20年程過ちます。住宅造りを取り組みだした頃は、公共事業や企業の仕事発注が沢山有り、同業者の人からは「中村さん、そんな面倒な仕事をよくやるなあ」と言われたものです。
今になると、そう云われながらも住宅造りに取り組んできて良かったと思います。しかしながら当初は、なかなか新築物件のご縁が頂けず、それではと云うことでコンサルタントに入って頂き、大手企業が勧めている様な企画住宅を商品化して販売を手掛けました。お陰様でその頃は、新築のご用命も頂き良かったのですが、いかんせん、大手の真似をした商品としての住宅は、すぐ大手に先を越され、先細りになって行きました。
そんな時、住まいづくりの考え方を根本から覆す出来事がありました。それが環境工学博士冨田先生との出会いだったのです。早速、この住宅の環境科学を研究しているグループのお仲間に入れて頂きました。よくあるフランチャイズでなく、学びたい人だけが席を置くスタイル。
住宅を単なる建物として捉えるのではなく、「住宅=建物+環境」であるとし、又、住宅の本来の目的(我々のグループが思っていること)は“幸せな家庭生活が永続することである”と捉え、その役割を果たすためには、どの様な条件が必要かを考え、提供・提案しているのです。
住宅メーカーはもちろんのこと、建築家と云われる先生までが、住まいの本質は後回しにして住宅を自分自身のの作品として捉え、造られていく現実を見る時、顧客第一主義と口では云いながら、お客様に本当の満足を与えているのだろうかと思います。
もっと、住宅と云うものを建築家と云う立場でなく、住まい手側の立場で捉え直してみることが必要ではないかと思います。
私共も日々高進して参る所存です。
(H.17.10.24)
退職を迎えるということで
経済誌によると、団塊の世代が2年後に退職を迎えるということで、その退職金をあてにして各企業はそのお金の一部を自社に取り込もうとその準備に余念がありません。又、退職する当人は、そのお金をあてにして老後の生活設計を画いています。人によっては、子供も独立したので、2人で暮らしやすい住まいを造ろうかとか、夫婦で旅行三昧をしようかとの楽しい計画をされる方もいらっしゃると思います。
しかし、最近この楽しい夢を壊す様な内容のドラマが放映されていると聞き、びっくりしました。それは、ご主人が退職したその日に帰宅すると奥様から「別れて欲しい」との離婚話をされ、主人公があわてふためく話です。
世間ではありうることだと思いました。夫婦であることを改めて考えて見ると、結婚する時は相手に大きな期待を持って見たり、又、見た目や恋愛感情が優先する為、相性なども余り気にせず相手を選んでしまう様です。
しかし、結婚というのは一番相性の悪い人と結婚しているのかも知れません。時折、自分にとって気になる嫌な部分を見せられたりします。しかし、これも悪いことではなく、神様はその人に足りないところを勉強するために相手を選んでくれているのでしょう。
だから、お互いがまだまだ学ぶ必要のある夫婦は、ずっと一緒に過ごし、どちらかが私はこの人から学ぶものが無いと思った時、別れの期が来るのではないでしょうか。
どうお感じになられます(?)
(H17.10.22)
あなたは大丈夫ですか?
皆さん、誰でも自分だけは大丈夫だと思っていませんか(?) いつも健康に自信のある人ほど、その想いが強いようです。
私にこんな友人がいます。一年に一度、「文化の日」に彼の会社でイベントがあり、いつもそれに参加し、又、普段は月に一度手紙のやり取りをしている間柄です。彼から昨年の秋に手紙が届いて、体調が悪いので今年のイベントは中止したいとの内容でした。
又、自分は膀胱癌がかなり進行していると言うではありませんか。彼はすぐには入院せず、世間で癌が治った・良く効いたとか云う方法「温熱療法」「アガリクス」の服用、又「特殊な波動水」等々試してみられたようです。……が、一向に良くならず、そうこうしている内に、膀胱癌は膀胱での出血があるため、極度の貧血になり病院に入院、抗癌剤の投与も受けたようです。それでも病院の治療では不安と思い“藁”にもすがりたいとは、この様な事を云うのかと思いましたが、今度はフィリピンで「神霊治療」を受けて治った人がいるからと、その体験に三回ほど現地に行き治療を受けたそうです。
それでも癌という病気は、そう簡単に治るものでなく、私が励ましに彼に会いに行った時も治っていないように見えました。そしてつい最近、彼から写真入りの手紙が届き、次のことが書いてありました。
「中村さん! 色々と試してみましたが、毎日笑うことを心掛けております」
その写真を見ると私が会った時より顔色もよく、ひょっとしたら彼は癌を克服出来たのではないかとさえ思えました。
最近、新聞にも「笑い」が病気を治すというような記事が載っていたかと思います。日々楽しく過ごせる人は病気になることは少ないのではないかと感じます。
ストレスが多い時代ですが、ユーモアを持って人と接していきたいものです。ガンコで思い込みの強い人が癌になるとよく云われています。
皆様、心当たりの人は気を付けましょう!
(H17.8)
植林の輪
最近、植林をすることの大切さを知る人が増えて来たことは大変嬉しいことです。ご存知の様に日本でも国土の乱開発によって、山が禿山になってその結果、海では魚が獲れなくなって海の魚師さん達が山に落葉樹を植えに行っているとの報道を新聞等で見ます。この理由は皆さんご存知だと思いますが少し補足しておきます。
日本の場合、特に冬の到来と共に落葉樹の葉が枯れ落ち、それが永年の間に堆積して土を造ります。その時に土の中に鉄のイオン物質が出来るそうです。それが雨水と一緒になって川に流れ海にそそぎます。そこで砂浜の波によって豊富な酸素を取り込んだ海水によってプランクトンの発生をうながし、それを餌とする小魚が増え、それをより大きな魚が食べると云うように食物連鎖によって海が豊かになるそうです。
しかし最近では中国の奥地に植林をして土地の砂漠化を防止することも日本人の手で行われています。木を植えることによって砂漠に水がよみがえり、昆虫やそれを食料とする鳥や獣が集まり自然豊かな環境が出来上がります。
人間はどこでも生活出来る生き物ですが、自然豊かになると闘争心を起こすことなく生活できます。今、世界で紛争の起きているところを見ますと、緑の少ない所ではないでしょうか。人間は環境に左右されます。心豊かな人間、世界が平和になるためには皆さん、緑の少ない地域に植林の輪を広げて行こうではありませんか。
(H17.7)
生活に少しゆとりを
バブル崩壊の頃だと思いますが、“日本人、そんなに急いでどこへ行く”と云う様な標語がはやった時期があったと思います。そのころに比べて今はいったいどうでしょうか。
最近私は住宅環境の研修会に行くようになってから東京、大阪へ出掛ける機会が増え、時間の節約のためにも新幹線に乗ることが多くなりなりました。ダイヤを見ますと、ここ2~3年で3~5分間隔でスピードのある電車が運転されています。その結果、時間のロスが少なく目的地に着くことができ大変重宝に思っています。
しかし、最近電車が走行中に大きく揺れることがあったとき、レールの保守・管理は大丈夫だろうかと一瞬不安がよぎりました。日本の鉄道は世界一安全に管理運行されているので心配ないだろうと、また、自分が乗っているときは大丈夫だとその時は思いましたが、冷静に考えるとレールや架線、また車輪を酷使する訳ですので、安全のために定期的にレールや架線の取り替えやその他の異常をチェックして運行していると思いますが、やりくりが大変ではないかと思います。
この間のJR西日本の事故を見てもお客様の利便性を優先するあまり、無理なダイヤでの運行があの様な大きな惨事を起こしたのではないかと思います。
生活に少しゆとりを持って行動することがお互いに良い様に思いますが、皆様はいかが思われるでしょうか?
最近の人々の行動や言葉使いを聞いていても、殺伐とした感じを受けますが皆さんはいかがですか。
(H17.6)
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海外への出向機会があり、職業柄やはりその国の住まいについて関心を持つことがあります。日本の住まいと西欧やアメリカの人達が住む住まいと明らかに違う点が昔はありました。それは床の間とか仏間です。 (H17.5) |
オイスカ
私のライフワークの一つとして、先日三年振りにオイスカの仲間と緑のボランティアの旅に出ました。場所はパプアニューギニアのラバウルで、年輩の方はよくご存知だと思いますが、第二次世界大戦中、南太平洋の重要な基地があったこと、又、歌に唄われているところです。
このラバウルには、オイスカの研修センターがあり、我々もそこに泊りました。現在150名近い研修生がパプアニューギニアの各地から集まって来て、寝起きを共にしながら日本の昔の循環型有機農法を学んでいます。
ここのスタッフは所長の荏原さんが唯一の日本人で、他の職員は全て日本で研修したオイスカのOBが携わっています。荏原さんが着任される前は農薬を使った農業をやっていて、結果、地力が弱り、害虫が増え、収穫が少なかったそうです。
又、この研修センターは独立採算性なので、経営も厳しいものがある様です。お米や木の苗に加え、ワニの革も売ったり、最近ではバニラの木を育てて香辛料として売る予定もしています。
ここの青年たちは、農業・畜業・林業を学び、自分達の地域に帰ってそれを実践し広めていく役割を担った人ばかりなので、学ぶ姿勢が違います。毎朝6時の国旗掲揚に始まり、点呼、体操の後、仕事の準備をします。7時の朝食後、各々の仕事にかかります。
先ず私が驚いたことは、研修センターが美しく整理整頓されている事です。それと全員礼儀正しく、目が合えば必ず挨拶をしてくれます。又、心遣いをしてくれることです。例えば、私が夕方に洗濯物を干し、夕食後宿舎に戻ると干した物が失くなっていて一瞬驚きました。ところが、翌朝きちんと干されているではありませんか。夜、雨が降るのを懸念して気を効かせてくれた様です。
沢山の研修生が居るにも係わらず、大きなトラブルもなくやっておられるのを見るにつけ、日本の若い人にも是非一度、ここでの体験をして欲しいものだと思いました。
(H17.4)
土地の有効利用
お陰様で当社の不動産事業も皆様の温かいご支援を頂き、今年で三年目になり、内容も充実してきたと自負しております。
ところで、社長の私が、以下お話しする様な事を考えていては仕事にならないのですが、一個人として感じることをお話しします。
不動産の取引で、大きく分けると土地と建物があります。建物の取引については別に何も思わないのですが、土地の取引について色々な事例を見聞きする内に、疑問が膨らんできました。
それと云うのも、最近、高齢で農地を耕作出来ない人や、古い集落に住んでいた人達が住みにくいといって放置された土地が、かなりの数ある様です。
その事で、地方の自治体も困っているのが現状です。
放置された土地は、管理をしないと草が繁茂することになり、秋口に枯草が火災の原因になったり、又、その草の種が飛散し、付近の農家が草の駆除に苦労する等のお話しを聞きます。
又、不法投棄の場所ともなります。土地をお預かりしている地主の方からは、その土地の有効利用やその売却についてご相談を受け、「固定資産税を払うのに高くてね」とのお話しも聞く事しばしばです。
何世紀も前、土地は誰のものでもなく、人が自由に利用していたものを時の権力者が所有物化した経緯。
そこで、一層のこと、土地の全てを国からの借り物として、必要な分だけ国から借用し、利用しなくなったら国に返却する。
その為の利用提案を民間に委託すると云うのは、どうでしょうか?
そうすれば、土地の有効利用が図れ、醜い相続争いも失くなるのでは、と思うのです。如何なものでしょうか?
(H17.2.20記)














